Home / ファンタジー / JK雀士は、異世界麻雀で無双する! / 第2話 「異世界マージャンディア」

Share

第2話 「異世界マージャンディア」

Author: 辻野幸枝
last update publish date: 2026-07-15 18:24:27

 東京湾の波の音が遠のき、視界が白に染まる感覚が全身を包んだ。

 それは、深い海に沈んでいくような、あるいは無重力空間に放り出されたかのような、不思議で、どこか心地よい感覚だった。

 全身の力が抜け、意識が遠のきそうになったその時、唐突に足元に硬い感触が戻ってきた。

気がつくと、リリィは見知らぬ場所に立っていた。

 先ほどまでの絶望と孤独が、嘘のように遠い記憶に感じられる。

 眼前に広がるのは、果てしなく続く緑の大地と、幾重にも重なる山並み。

 空は深い藍色で、地球では見たこともないような、巨大で鮮やかな月が浮かんでいる。

 見慣れた東京の灰色のビル群とはまるで違う、息をのむような美しい光景だった。

しかし何よりも異様だったのは、空中に浮かぶ無数の麻雀牌の彫刻群だった。

東、南、西、北、白、發、中……。

 無数の牌が、まるで意思を持ったかのように、星のように煌めきながら空中を漂っている。

 一つ一つが手のひらサイズの宝石のように輝き、時にはゆったりと、時には速く、秩序を持って回っている。

 まるで天球のように、その牌はこの世界の中心で永遠に回っているかのようだった。

 その荘厳な光景に、リリィはただ立ち尽くすしかなかった。

「ここは……どこ?」

リリィは思わず声をあげた。

 身体は軽く、宙に浮いているような感覚があったが、足元の草はしっかりと踏みしめられた。

 夢か幻か、あるいは死後の世界なのだろうか。

「お目覚めかな」

背後から声がした。

 振り返ると、そこには華麗な白い鎧を身にまとった若い男性が立っていた。

 長い銀髪が風になびき、その顔立ちは整い、澄んだ青い瞳はどこか遠くを見つめているようだった。

 まるで絵画から抜け出してきたかのような、現実離れした美しさがあった。

「あなたは……?」

リリィは警戒しながらも問いかけた。

 あまりにも現実離れした状況に、まだ心を落ち着かせることができない。

「私はセディリオ・ヴェルデンハルト、この国の第一王子だ」

彼は静かに頭を下げ、その表情には傲慢さの欠片もなかった。

「異世界マージャンディアへようこそ。ここは、麻雀こそがすべてを司る世界だ」

セディリオの言葉に、リリィは混乱した。

「麻雀が支配する世界……?」

「そうだ。この国のあらゆる政治、経済、社会は、麻雀の勝敗によって決まる。勝者は”ジャンスター”と呼ばれ、法律を定め、敗者はそれに従う。麻雀は、この世界において、単なるゲームではなく、絶対的なルールなのだ」

信じられない話だった。

 麻雀はゲームだと思っていた。

 楽しみであり、戦略の結晶であることは確かだが、世界の運命が牌にかかるなどとは。

 あまりにも重すぎる、恐ろしすぎる現実だった。

 あの東京での出来事が、脳裏にフラッシュバックする。

 麻雀が原因で、すべてを失った自分が、よりにもよって麻雀がすべてを支配する世界に呼ばれたのだ。

 運命の皮肉としか思えなかった。

「貴女のような者を待っていた」

セディリオの言葉に、リリィはハッとした。

 彼の青い瞳は、真っ直ぐにリリィを見つめている。

「私のような者、とは?」

「この国には、麻雀の神が残したとされる予言がある」

彼は静かに語り始めた。

「それは、外の世界から麻雀の才能を持った者が現れ、混乱した世界に秩序をもたらす、というものだ。貴女の魂は、その予言の光を宿している」

リリィは動揺した。

 予言の雀士。

 才能。

 そんな言葉は、今の彼女には最も聞きたくない言葉だった。

 才能があったからこそ、プロの頂点まで上り詰めた。

 そして、その才能が、蓮に利用され、仲間を、そして自分自身を裏切る結果を招いたのだ。

「私が……? 伝説の雀士なんて、とんでもない。私は……」

リリィは言葉を詰まらせた。

 過去の屈辱、八百長の濡れ衣、追放された記憶が、津波のように頭をよぎる。

 麻雀への愛と情熱は、あの夜、東京湾の橋の上で、誹謗中傷の嵐の中で完全に凍りついたのだ。

「もう一度、麻雀を打つ覚悟はあるか?」

セディリオの目は真剣だった。

 しかし、その言葉はリリィの心に深く突き刺さる。

 麻雀。

 もう二度と、牌を握るものか。

 もう誰かを悲しませるために、自分の魂を汚すために、麻雀を打つなんてごめんだ。

「いいえ。もう二度と、麻雀は打ちません」

リリィは力強く、しかし震える声でそう告げた。

 セディリオは驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に戻った。

「そうか……。無理にとは言わない」

セディリオはリリィの決意を尊重してくれた。

 そのことに、リリィは安堵を覚える。

 しかし、同時に、この世界でどう生きていけばいいのかという不安が、彼女を襲った。

「私は麻雀を打てない。麻雀がすべてを司るこの世界で、私は何の役にも立ちません。すぐにここを離れます」

リリィの言葉に、セディリオは静かに首を振った。

「待ちなさい。貴女を放り出すことはできない。この世界で麻雀を打てない者は、生きるのが難しい。予言の光を宿す者が、どこかで危険に晒されることは、私としても看過できない」

セディリオはリリィの拒否を受け入れながらも、彼女を守ろうとしてくれた。

 その優しさに、リリィの凍りついた心が、ほんの少しだけ温まるのを感じた。

「では、私はこの世界で、麻雀以外のことで自分の力で生きていきたい」

リリィの目に、再び強い意志の光が戻った。

 麻雀は打たない。だが、この世界で何もせずに朽ちるつもりはなかった。

セディリオは微笑んだ。

「いいだろう。貴女の意思を尊重する。王宮で、貴女を庇護しよう」

そして、こう付け加えた。

「ただし、麻雀は打たないという貴女の条件付きで、だ」

その言葉に、リリィは深く頷いた。

 過去の傷を抱えたまま、麻雀を拒否し、それでも生きる道を選んだ彼女の新しい人生が、この瞬間から始まった。

王宮へ案内されたリリィは、豪華絢爛な宮殿の前に立ち、息をのんだ。

 その壮麗な建築様式は、この世界がどれほど豊かであるかを示しているようだった。

 セディリオは、リリィにこの世界の複雑な麻雀制度について説明してくれた。

「ここでは『雀帝』と呼ばれる最強の雀士が国を治めている。毎年、熾烈な麻雀大会が開かれ、その勝者は莫大な権力と富を得る。敗者はその支配に従わなければならない」

リリィは、その話に耳を傾けながら、麻雀がすべてを支配する世界の恐ろしさを再認識した。

 麻雀が、ただのゲームではなく、人生のすべてを賭ける戦いなのだ。

 政治的陰謀や権力争い、策略、裏切り……すべてが麻雀の牌に集約されている。

「麻雀が、そんなにも……」

「そうだ。そして、麻雀の才能こそが、この世界で最も尊ばれるものだ。貴族たちは皆、代々受け継がれた麻雀の血を誇りにしている。残念ながら、麻雀を打たない者は、この国では存在しないに等しい」

セディリオの言葉に、リリィは身が引き締まる思いだった。

 麻雀を拒否した自分は、この世界では「役立たず」なのだと。

数日後、リリィは王宮の一室で、雑用係としての日々を過ごしていた。

 麻雀を打たない彼女は、王宮の住人たちから「役立たず」と嘲笑された。

 雀士としての才能がすべてと見なされるこの世界で、牌を握らない彼女は、ただの「外れ者」だった。

ある日、廊下で掃除をしていると、通りすがりの貴族の女性が嫌味を言ってきた。

「あら、あれが噂の『役立たずの女』? 王子様が連れてきたらしいけど、どうせ何の才能もないんでしょ?」

「麻雀も打てないくせに、この王宮にいる資格なんてないんだから、さっさと出ていけばいいのに」

リリィは何も言い返さず、ただ黙々と掃除に励んだ。

 悔しさで唇を噛みしめるが、反論する言葉は出てこなかった。

そんなリリィを、遠くから見つめている、ただ一人の存在がいた。

 セディリオ王子だ。

 彼は、リリィが王宮の隅で冷遇されているのを遠くから見守り続けていた。

 彼の青い瞳は、リリィの苦悩と、その心の中にある麻雀への情熱を、誰よりも深く理解していた。

「リリィ……」

セディリオは、小さく呟いた。

 彼の胸中には、複雑な思いが渦巻いていた。

 彼女の才能を信じ、この国の未来を託したい。

 しかし、彼女の麻雀への恐怖と拒絶も、痛いほど理解できる。

 無理に牌を握らせることはできない。

その夜、リリィは自室で静かに座っていた。

 王宮での孤独な日々。

 東京での八百長の濡れ衣、そして麻雀への恐怖。

 すべてが彼女の心を重くしている。

 窓の外には、空に浮かぶ無数の麻雀牌が、静かに回っている。

「どうして、こんな世界に来てしまったんだろう……」

リリィはそっと、テーブルに置かれた木製の箱に触れた。

 中には、彼女がプロ時代に使っていた、大切な麻雀牌が入っていた。

 あの時、東京湾に捨てようとしたが、どうしても捨てることができなかった、唯一の形見。

牌の冷たさが、彼女の指先に伝わる。

 それは、かつての情熱と、今の絶望を同時に物語っているようだった。

リリィの過去の傷を癒し、再び彼女が牌を握る日が来ることを、セディリオは静かに、そして強く期待し続けていた。

 そして、彼女が再び牌を握る時、この世界に、そして彼女自身の人生に、大きな変化が訪れることを、彼は知っていた。

こうしてリリィの新たな人生が始まった。

 過去の傷を背負いながらも、異世界マージャンディアで、彼女は麻雀を拒否しながらも、自らの力で生きる道を探し始める。

 だが、その孤独な日々の中で、彼女の心に灯る麻雀の炎が、再び燃え上がる時が来ることを、リリィ自身もまだ知らなかった。

 

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • JK雀士は、異世界麻雀で無双する!   第21話 「決戦への招待」

     【深夜の王都・王立麻雀殿堂・屋根裏部屋】漆黒の闇に覆われた王立麻雀殿堂の屋根裏部屋に、ぼんやりとした月明かりが差し込んでいた。窓の隙間から吹き込む風が、埃の積もった古い書物をそっと揺らす。夜の静けさの中、ただ風の音だけが、不気味なほどに響いていた。その静寂を切り裂くように、一羽の黒い鳥が、音もなく窓から飛び込んできた。その羽は闇に溶け込み、まるで幻影のようにゆっくりと部屋の一角に降り立つ。そのくちばしには、黒く重そうな、まるで呪文が込められているかのような封筒がしっかりと握られていた。黒い鳥(心の声)「これが……あのヴァイス侯爵からの挑戦状……。王国の命運を賭けた最終決戦の招待……。私の役目は、この手紙をリリィ嬢に届けることだけ……」鳥は使命を終えたかのように、机の上に封筒をそっと落とすと、静かに羽を震わせて、再び闇の中へと飛び去っていった。その封筒からは、微かに魔力が発せられ、まるで生きているかのように脈動している。【控室・ミミの部屋】その日の夜、ミミは緊張で寝付けず、何度も寝返りを打っていた。昼間の麻雀殿堂での出来事が、まだ鮮明に脳裏に焼き付いている。ヴァイスの冷たい笑み、リリィの決意に満ちた表情、そして最後の爆発音。様々な感情が渦巻き、彼女の心を揺さぶっていた。ふと、机の上に置かれた見慣れない黒い封筒が、月明かりを反射して光っているのが目に入った。それは、今日の麻雀殿堂でセディリオが受け取ったものと同じ封蝋で封じられている。ミミの胸に、嫌な予感がよぎった。ミミ(低い声で)「……ヴァイスからの挑戦状?」恐る恐る、震える手で封筒に手を伸ばす。封蝋を剥がす指先が冷たくなっていた。ゆっくりと封筒を開け、中の文面を読み上げる。ミミ「『王国の未来を賭け、最終決戦の場でお前を叩き潰す。準備せよ』……」その短い文面には、ヴァイスの歪んだ自信と、リリィに対する明確な敵意が凝縮されていた。ミミは思わず息をのむ。その時、ドアが静かに開き、リリィが部屋に入ってきた。彼女の顔は、昼間と変わらず穏やかで、しかしその瞳には強い光が宿っていた。リリィ「……来たわね。とうとう最終決戦の招待状が」ミミはリリィに封筒を差し出した。リリィはそれを一瞥すると、静かに頷いた。ミミ「こんなに……早く来るなんて……。まだ一晩も経っていない

  • JK雀士は、異世界麻雀で無双する!   第20話 「反乱の序曲」

     【国立麻雀殿堂・中央アリーナ 決勝戦】ドーム型の巨大なアリーナは、ヴァイスの占拠宣言によって静まり返っていた。壇上ではヴァイスが不敵な笑みを浮かべ、その隣に《黒手》の幹部たちが立つ。観客席にはヴァイスの部下が潜り込み、威圧的な視線を観客に送っていた。しかし、その緊張の中、麻雀卓を挟んでヴァイスと対峙するリリィの表情は、どこまでも穏やかだった。ヴァイス「ほう……。麻雀卓の向こう側は、随分と余裕だな。だが、その余裕もすぐに消え失せるだろう。この試合は、貴様の希望を打ち砕き、この国を私の支配下に置くための、反乱の序曲だ」リリィ「いいえ。これは、あなたの野望を打ち砕くための、正義の麻雀です」その言葉を合図に、静かに試合が始まった。【第一局・東一局】牌山が自動で積まれ、配牌が配られる。リリィは手牌をゆっくりと確認し、その表情を一切変えない。しかし、ヴァイスは配牌を取った瞬間、満足げに口角を上げた。ヴァイス「……ツモ」わずか三巡目。彼は大きく牌を卓に叩きつける。「倍満だ」観客席がどよめく。あまりの速さに、誰もが言葉を失っていた。ヴァイスの部下たちが、不気味な笑みを浮かべている。 ミミ(王族席)「なっ……もう倍満!? 早すぎるよ!」レオンハルト(王族席)「しかも配牌からの速攻だ……不自然だ。ヴァイスの打牌に、霊力の気配は感じられないが、何らかの不正が仕掛けられているはず」セディリオ(王族席)「……リリィ、落ち着け。焦る必要はない」リリィは笑みを崩さず、静かに次局の準備を始める。 リリィ「いいですね、その速さ。でも――速さだけじゃ、勝てませんよ」ヴァイス「ほう? その負け惜しみ、いつまで言えるかな」リリィの言葉に、ヴァイスはわずかに眉をひそめる。彼の麻雀は、牌山に細工を施し、ツモをコントロールすることで成立している。しかし、リリィは、その不正の仕組みを既に理解しているようだった。【第二局・東二局】ヴァイスはまたも早い手を作りにいく。彼の目的は、リリィに考える隙を与えず、圧倒的な速さで勝負を決め、彼女の心を折ることだった。しかし、リリィの打ち筋が変化する。ミミ(王族席)「……あれ? リリィ、わざと鳴いて流れを止めてる?」レオンハルト(王族席)「そうだ。ヴァイスの速攻を封じ、山を荒らしている。ヴ

  • JK雀士は、異世界麻雀で無双する!   第19話 「裏切り者の正体」

    【国立麻雀殿堂・王族控室 早朝】重たい空気が、まるで湿った布のように部屋を覆っていた。窓の外は曇天で、街のざわめきは遠い。控室にいるのはセディリオ、リリィ、ミミの三人。誰も言葉を発さず、ただ時計の針の音だけが、耳に響いて聞こえる。沈黙を破ったのは、セディリオだった。その声は低く、鋭く、まるで空気を裂くかのように響いた。「……内部に裏切り者がいる」その言葉に、控室にいた全員の視線が、一斉に彼に注がれる。リリィ「……裏切り者?」セディリオ「ああ。昨夜、ヴァイス側に機密情報が漏れた。我々の調査網をくぐり抜けて、だ。ヴァイスが我々の動きを読み、先手を打ってきている。これは偶然ではない」ミミ「機密って……大会の警備計画のこと?」セディリオ「そうだ。警備兵の配置、王族の移動ルート……すべて。我々がここに来る直前の情報だ。ヴァイスは、この情報を利用して、今日、この殿堂を占拠するつもりだろう」ミミの耳がぴくりと動く。「そんなの、王城のごく限られた人しか知らないはずじゃ……。まさか、その中に裏切り者がいるってことですか?」その瞬間、扉がノックもなく開いた。入ってきたのは――王国警備隊長、レオンハルト。彼は鎧を身につけ、緊張した面持ちで立っていた。レオンハルト「お呼びでしょうか、殿下。早朝から、大変申し訳ありません」セディリオの視線が鋭く細まる。「レオンハルト、君にも確認しておきたい。昨夜の情報漏洩について……何か心当たりは?」レオンハルトは一瞬、言葉に詰まる。「……ありません。警備計画は私の直属部隊と殿下、そして宰相閣下しか知り得ない情報です。もちろん、部下には|箝口令《かんこうれい》を敷いております」リリィはその声をじっと聞いていた。(……声が硬い。呼吸が浅い。緊張……いや、何かを隠してる。まるで、嘘を重ねるたびに、心が硬化していくみたい)ミミは小声でリリィにささやいた。「ねえ、なんかあの人……目の焦点が泳いでない? こっちをまっすぐ見られないみたい」リリィも小声で答える。「ええ、しかも視線が殿下を避けてる。ヴァイスの悪意に侵されている感じはしない。それどころか、苦悩している……まるで、誰かに脅されているみたい」【数時間後・作戦会議室】王城の作戦会議室。大きな円卓を囲んで、セディリオ、宰相、高官数名、リリィ、ミミ、

  • JK雀士は、異世界麻雀で無双する!   第18話 「仕組まれた敗北」

     【王都・国立麻雀殿堂 決勝当日】巨大なドーム型の天井から、金色の装飾が眩く輝き、その光が観客席を照らしていた。今日の決勝戦は、この大会の歴史の中でも、類を見ないほどの注目を集めている。開場を待ちわびた人々が、早くから列をなし、観客席は早くも満席となっていた。太鼓の荘厳な音と、地鳴りのような歓声が交互に響き渡り、会場全体が期待と熱狂に包まれていた。舞台袖で、リリィは静かに目を閉じて呼吸を整えていた。彼女の耳には、観客の声援も、太鼓の音も、まるで遠い世界のできごとのように聞こえていた。ただ、胸の奥で、ヴァイスの悪意が放つ、不気味な気配だけが、冷たい風のように吹き抜けているのを感じていた。そこへミミが駆け寄る。彼女の顔には、緊張と、そして小さな不安が浮かんでいた。「リリィさん……なんだか、今日の会場、雰囲気が違います。いつもの熱狂とは、違うような……」「違う?」リリィは静かに問い返した。「うん……観客席のあちこちに、黒服の人たちが固まってるんです。警備員とも違う、異様な雰囲気。普通の警備じゃない感じがします」リリィはまぶたを開け、ミミの肩に手を置いた。その瞳は、一点の曇りもなく、ただ真実を見据えていた。「……たぶん、ヴァイスの差し金。今日の試合で、何かを仕掛けてくるつもりよ」ミミの瞳が不安に揺れる。「やっぱり……。どうするんですか、リリィさん! このまま試合なんて……」そこへセディリオ王子が現れた。彼の顔にも、緊張の色が濃く浮かんでいる。「君の勘は正しい。今日は……特に気を付けろ」「何か掴んだの?」リリィはセディリオに視線を向け、真剣な声で問う。セディリオは眉をひそめ、低く答えた。「ヴァイスが“仕組まれた敗北”を用意している。試合中に不正を仕掛けるつもりだ。君の勝利が、彼にとって最も都合の悪いことだからな」「……どんな不正を?」「詳細まではまだ。だが、《黒手》が牌山に細工を施す可能性が高い。普通の目では分からない……それも、魔法牌の霊力を応用した細工だ。我々の調査では、それが最も奴らにとって有力な手段だとされている」リリィは一瞬黙り、やがて小さく笑った。その笑みには、不安も恐怖もなく、ただ強い闘志だけが満ちていた。「なら、こっちも魔法牌の理論で暴いてやる。私が一番よく知っているはずよ、魔法牌の力のことを」【試合開始

  • JK雀士は、異世界麻雀で無双する!   第17話 「暗躍する影」

     王都大会の夜。分厚いカーテンが外の月明かりを遮り、室内は暖炉の炎の赤だけで照らされていた。その豪奢な屋敷の主、ヴァイス侯爵は、深紅の肘掛け椅子に身を沈め、指先でワイングラスをゆっくりと回している。甘く濃厚な葡萄酒の香りが部屋に漂い、その香りさえも彼の傲慢さを際立たせるようだった。「報告します」黒いローブを纏った部下が、絨毯の上に片膝をつく。彼の声は、侯爵の耳に届くよう、しかし他の者には聞こえないように、極限まで抑えられていた。「例の少女、リリィは本日も大会で勝利を収めました。これで七連勝です。民衆の熱狂は、もはや抑えられないほどに高まっております」ヴァイスは口の端をわずかに吊り上げ、冷笑を漏らす。「ふん……やはり来たか、こういう存在が。異世界から来たという噂までついて、民衆は夢中だ。王家の都合の良い英雄を仕立て上げ、民衆の目を欺こうとしている。だが、その手には乗らん」「それだけでなく、王族からの信頼も……セディリオ殿下などは特に、彼女に自らが護衛につくほどに……」ヴァイスはワイングラスをテーブルに置き、指先で軽く二度叩いた。カン、カン、という小さな音が、部屋の静寂を不気味に切り裂く。「つまり、今あの小娘を潰せば――王族も民衆も、私を避けては通れなくなる。民衆は絶望し、王族は権威を失う。その隙に、私はこの国の全てを手に入れる」部下がためらいがちに口を開く。「しかし、殿下……“あの組織”を再び動かすおつもりですか? 前回は失敗に終わりましたが……」ヴァイスの目が鋭く光る。その瞳には、燃え盛る炎のような狂気が宿っていた。「お前は忘れたか? 《黒手》は元から私の掌の上にある駒だ。以前、殿堂で起きた騒ぎも私の命令だ。あれはただの試運転だった。あの時は、まだ駒が未熟だった。だが、今回は違う。準備は整った」部下は息を呑む。「では、あのクーデター未遂も……?」「そうだ。あれも、ただの試運転。本番はこれからだ。この大会の決勝戦こそが、全てを決する舞台となる」ヴァイスは立ち上がり、窓辺に歩み寄る。外の街灯が揺らめき、その光が彼の背に長い影を落とした。「国立麻雀殿堂――あの場所を制圧すれば、王国の心をも奪える。人々が希望を託した場所を、絶望の場所に変えてやる」【場面転換:国立麻雀殿堂・大会控室】大会後、控室でリリィは椅子に腰掛け、濡

  • JK雀士は、異世界麻雀で無双する!   第16話 「王族すら魅了」

     王都大会の舞台裏。特別な空間に、リリィ、セディリオ、そしてミミの三人は招かれていた。そこに待っていたのは、この国の最高権力者、国王その人だった。広間の空気は重く、壁に飾られた歴代の王たちの肖像画が、静かに三人を見下ろしているようだった。国王は、荘厳な玉座に座りながらも、その眼差しは穏やかで、威圧感よりもむしろ知的な好奇心を湛えている。「異世界から来た者が、わが国の伝統ある麻雀の大会でここまでの実力を示すとは、まことに驚異的だ。君の打ち筋は、我々がこれまで見てきたどの雀士とも違う。それは、ただの技術ではなく、新しい可能性を感じさせるものだ」リリィは小さく息を飲み、真摯に答えた。「陛下のお言葉、身に余る光栄です。私はただ、麻雀が好きなだけで……。この国の麻雀に、少しでも新しい風を吹き込めたのであれば、嬉しく思います」国王は笑みを浮かべる。その表情は、一人の人間としてリリィに語りかけているかのようだった。「好きという情熱は、技術に勝る力となる。それこそが、君をここまで強くしたのだろう。しかし、国を背負う重責もまた、理解してほしい。君の勝利は、この国の民に希望を与えている。それは、王家にとっても大きな意味を持つ」「はい……」リリィは言葉を詰まらせながらも、決意を込めた。「私にできる限り、王国のために尽くします。たとえこの先、どんな困難が待ち受けていようとも、私はこの使命から逃げません」そのとき、セディリオ王子が静かに話し始めた。彼は一歩前に進み出て、国王とリリィの間に立つ。「リリィ殿は、私の最も信頼する戦士である。彼女の強さは、その技術だけでなく、何よりも揺るぎない精神にある。彼女は、この国の誇りとなるべき存在です。これからも我々の国の誇りとなることを願う」国王は深く頷きながら、厳かな表情で言った。「そのために、この場で君に特別な庇護と支援を約束しよう。君には、王家の戦士としての地位と、それに伴う一切の権限を与える。そして、君が望むならば、国の研究施設や魔術師団の力を、君の魔法牌の研究に自由に用いることを許可する」リリィの目には、感激と、そして重い責任を感じる涙が浮かんだ。(この信頼を裏切るわけにはいかない。私はもう、一人の雀士ではない。国の未来を背負う、王家の戦士……。私はもう、逃げられない……)【控室での葛藤:孤独と支え】|謁

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status